2012年5月6日日曜日

HDDから愛を込めて

古いHDDの整理中にみつけた懐かしい文章です。

周囲の影響もあって文章を書くのは好きで、
気晴らしや思いつきでざくざく書いていきます。
あとで読み返してみるとそのときよく行っていた場所や
好きだった本の匂いがしてそれも含めて懐かしい。

影響を受けた作家さんはたくさんいると思うけど
読みやすさと終わり方の潔さは意識してると思います。

稚作ではありますが何点かお気に入りをお披露目します。

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ヒガンバナ

濃紺。白く刷毛で刷いたような雲に、風が舞い上がる。
それは秋口の空。
無意味に澄んだその中に、咲き誇る紅の鮮やかさ。

彼岸花。
あるいは曼珠沙華だというのだと。
そういう彼女の白い手に、その紅色はとてもよく映えた。

彼女が何者なのかは知らない。
大人たちの間でささやかれる流言も、ありきたりな忠言も
子供心にさもありなんと思えるほど、そしてそれらを無視できるほど
彼女は美しかった。
抜ける白肌、赤い唇、いつも泣いているような黒い瞳。
それらは皆、僕たちの住む僻地では見かけない代物で、
その「きれいな物」みたさに彼女の家の周りをうろついた。
ときに言葉をかわしては、仲間内で自慢しあい、
どんな会話をもちかけようか、悩んだ末に
柄でもない話題で失笑を買うことさえあった。

そのうちに僕らは彼女とごく自然に、言葉を交わすようになった。
学校帰りに彼女と会う。
それが僕らの日課になった頃、
彼女の誕生日をかぎつけたらしく、一人の少年が花束を片手に現れた。
紅い花束を得意げに掲げる彼に、年長の少年達が悪態をつく。
「ばか、それは仏さんの花だで」
「毒の花や」
「受け取るかそんなん」
口々に投げられる悪態に、少年は小さくなった。
彼なりにもっとも美しい花を選んだつもりだったのだろう。
生意気な年下を叩きたくなるほど、彼女に似合う鮮やかな紅色。
しかし、彼女は肩を落としている少年のにひざをつき、
そっとそれを受け取った。
花束を胸元によせて、ふわりと微笑む。
「嬉しいわ。好きな花なんよ、彼岸花」
瞼を伏せて詠うように、彼女は続けた。
「曼珠沙華ともいうの」
紅い花を抱く彼女の肌は、眩しいほどに白い。
長い睫から黒々と影がおちる。 
「知ってる?この花は葉見ず花見ず。
花が終わってから葉が出るの。
花と葉がであうことは決してないのよ」
彼女はそういって、少しさびしそうに笑った。

その花は彼女の部屋に、しばらくの彩を与えることになった。

やがて空の色がかわり、季節が夏を忘れるころ、僕は彼と出会った。
見かけない顔。
このあたりの人間ではないことは一目でわかる。
背の高い、大人の男性。
その人は今年で最後になるだろう、川岸の彼岸花を眺めていた。
彼女への手土産にしようと目論んでいた僕は、少し考えて
彼に話しかけた。
「おじさん、その花好きなの?」
僕が尋ねると、彼は意表をつかれた顔で振り向いた。
人のよさそうな目が親しみを持たせる。
僕は土手に降りて一本手折り、彼に差し出した。
「今年はこれが最後。欲しいならあげるよ」
「君がいるんじゃないのかい?」
彼は答える。優しい響きの低い声。
「人にあげるんだ。おじさんにもあげる」
僕の答えが気に入ったらしく、彼は目を細めた。
「女の子?」
「そんなもの」
僕は答えて花束を作る。
彼も土手に降りて来て、花を手にとった。
「僕の知ってる人も、その花が好きなんだ」
「どんな人?」
僕の質問に、彼はちょっと迷った顔をした。思案の表情で
しばらくの沈黙。僕が少し後悔した頃、彼は口を開いた。
「この花が似合うとてもきれいな人」
そしてためらいながらも僕を見上げる。
「君、知らないかな?
 この街にいるはずなんだ...」
続きを聞くまでもない。
僕は手の中の花束を彼に押し付けた。

僕は手ぶらで家路についた。
きっと今頃、二人分の花束を抱えた彼を
彼女が迎えているだろう。
僕は河岸をぼんやりと眺める。
既にあの紅は当たらなくなって見ている。
花が終わる前に、葉と出会う。
そんなこともあるかものかもしれない。
「葉見ず花見ず秋の野に…」
僕はつぶいて空を見上げた。

秋の終わり、僕は河原を散歩する。
花の姿はもうどこにもない。

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中 勘助の歌から思いついたもの。
ヒガンバナは好きな花です。
アルピノより赤い方がいいなぁ


葉見ず花見ず秋の野に
ぽつんと咲いたまんじゅしゃげ。
から紅に燃えながら
葉の見えぬこそさびしけれ

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