2012年5月9日水曜日

HDDから愛をこめて5

引き続き「雨の街-彼の場合」と別視点から。
主人公にひもづいて私のあたまのなかでは
ヒガンバナシリーズとくくられています。

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雨の街-彼女の場合

「佐倉ちゃん」
声をかけられてあたしは振り向く。
秋月さんが手をふってこっちに走ってくる。
秋月さんは齋藤さんの親友であたしの経済学部の先輩だ。
「元気?」
軽い口調でいって笑う。
もの静かな印象のある秋月さんと違って、齋藤さんはいたって明るい。
「ええ、元気です」
答えてあたしは彼を見る。
「齋藤のやつどうしてんの?」
「齋藤さん?
今日は一日史学棟にいるみたいですよ。
最近ずっとあっちにいるんです」
齋藤さんはよく経済棟に遊びにくる。
週半分以上はあたしか秋月さんを尋ねてくるのだが、
今週はまだ一度も姿が無い。
「忙しいんだ」
「どうでしょうね。よくわかりません」
秋月さんの言葉にあたしは答える。
自分でもちょっと冷たい言い方になったことがわかった。
「どうかしたの?」
「よくある話です」
あたしの答えに、秋月さんが「?」という顔をする。
「だから、よくある話」
「ああ、けんか」
納得いったように手をうって秋月さん。
「違います」
「ああ、浮気」
あっさりといわれてあたしは黙る。
秋月さんは困った顔をする。
「相手誰?しってるの?」
「あじさい」
あたしは答える。
「すっごくきれいだった」
自分が不機嫌だということがわかって
あたしは嫌な気分になる。
「でもこの間デートしたっていってたじゃん。
それこそあじさいを見に」
「その前にもいってる」
「じゃ大丈夫じゃない?」
「別の人と」
秋月さんが黙り込む。
同じ構内。
史学棟と経済棟はさして離れていない。
あたしは最近学生科にもよくいくし。
他の科の人とあうことだって、少なくない。
その中で。
青い和服姿の美人と、ただでさえ目立つ斉藤さん。
うわさが広まるのもあっという間だ。
「あたしこういうの大嫌い」
「そりゃ、そうだよな」
しばらく二人で黙り込む。
外には蝉の声。
窓から差し込む夏の日差しはすこし傾いて
あたしたちの影を長くする。
「ジュース飲まない?おごるよ?」
「飲みます」
急に明るい声でいった秋月さんにあたしは
にっこりわらって答えた。

ジュースを飲みながらあたしたちは少し話をした。
K大に編入することを話すと秋月さんは驚いた顔をしたけれど
反対はしなかった。
「齋藤は知ってるの?」
という問いかけにあたしは首を振った。

あじさいの季節が終わり、本格的な夏がきて
ひさしぶりにあった齋藤さんはちょっとぎこちない笑顔で
あたしに手を降った。
顔がすこし疲れている。
「ひさしぶり」
あたしはそう返して、彼の向かいにすわる。
大学近くの喫茶店。
待ち合わせによく使う場所だ。
「しばらく会えなくて、ごめん」
「忙しかったんでしょ。あたしも忙しかったし」
「うん」
彼は返事をする。
「来年もさ」
彼は顔をあげていう。
「あじさい、見に行こうか」

今年一度だけみたあじさい。
雨の中、しっとりと咲き誇る青い花。
夢見るように。
微笑むように。

「そうだね」
あたしは答えた。

この街には雨が多くて。
ふりそぼる霧雨は、昔報われない恋をなげき
池に身をなげた娘の涙だと
街の伝承はつたえる。
彼女の涙は。
とてもあたたかくて。

彼女の愛した彼の住む街を
守るように包み込む。

◆◆◆

秋の終わり。
なんて見事な蒼天。
まるであたしの気分のよう。

彼岸花が点々と赤を散らす川辺を
あたしと彼は散歩する。
「相思華っていうの。知ってる?」
彼、齋藤さんは首をふった。
「ヒガンバナの別名。
葉っぱと花が追いかけあうから。
お互いを思う合う花。相思華っていうの」
「初めて聞いた」
彼は答える。
はじめて彼とヒガンバナをみたとき、
「葉みず花みず」の別名を教えてくれた。
話す姿がとても嬉しそうだったので、
本当は知っていたけれど「はじめて知った」ことにした。
懐かしい、去年の話だ。

秋の風はひんやりとして肌に心地よい。
川面にきらめく日差しはもうすく赤くかわるだろう。
きっときれいに違いない。
あたしの足取りはとても軽い。
夕日がとても待ち遠しい。

ヒガンバナの話をする彼はとても嬉しそうで。
それを話してくれた人を話すときはもっと嬉しそうで。
その時彼が手おってくれた花は、結局飾らなかった。
花に罪はなかったから、今思うと少しかわいそう。
でももう、昔の話だ。

「話ってなに?」
すこしためた口調で、彼が切り出す。
「ふたつ、あります」
あたしは言って、彼の方をむいた。
「ひとつ」
指を一本たててあたしはゆっくりと言った。
「来年、K大学に編入します」
K大は隣の県にある。
あたしの第一志望校だったけれど体調を崩して受けられなかった。
「聞いてない」
かれがぽつりと答える。
「初めて言ったもの」
「どうして?」
「行きたかったから」
あたしはあっさりと答えた。
なにか言いかける彼を制して、あたしはもう一本指をたてる。
「ふたつめ」
そこで区切って告げる。
「今日でおしまいにしましょ」
にっこりとあたしは笑う。

彼はなにも答えない。
しばらくたってつぶやく。
「それも聞いてない」
「今初めていったもの」
同じ答えをあたしは返す。
彼は黙る。
あたしも黙る。
「わかった」
ため息のように彼が答える。
「はい」
あたしは笑って答える。

とてもすっきりした気分だった。
秋空は高く、風は冷たく。
「楽しかったです。さようなら」
それだけ言ってあたしは歩き出した。

日差しが夕日色に変わる。
川面にきらきら光ってとてもきれい。
転々と散る赤は秋の名残。

「葉みず花みず 秋空に…」
つぶやいてあたしは、空を見上げた。

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佐倉の外見的なイメージは蒼井優ちゃんです。
まっすぐで素直で潔くて
こういう女の子はとても好きです。
女性は花だとおもいます。

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